真留句はこう言った コロナ以前-3 整理整頓 Ante coronam
とある日の朝、真留句は鉄道駅の方へと足取りも軽やかに歩いていた。
彼の友であると同時に弟子である者の家を訪れるためである。その際に鉄道列車に乗る必要があったのである。
今朝、彼が軽やかであったのは足取りだけでは無かった。身も心も軽やかであったのである。
「昨晩の私の選択はどうやら今回も正しかったようだ。」
彼はそのように自分以外には何のことか、わからない独り言を呟いた。しかし読者はこのまま読み進めば何のことだか、わかるようになるだろう。多少、読みにくい構造の文章ではあるのだが。
真留句が駅の待合室に入ると、テレビがおいてあり、料理番組が流れていた。料理研究家らしき女性がテレビの中で何やら話している。
他方、待合室の客の中にラジオを着けている者がいて、何やら経済政策のことを論じているらしい音声が流れていた。1人の経済評論家らしき男性がラジオから延々と何やら話している。
真留句が待合室の椅子に腰掛けて、目を閉じると(彼は瞑想を毎日行っているので、こういった状況では半ば目を閉じることが多いのである。)、耳にテレビとラジオの声が聴こえてきた。あたかもテレビとラジオの2重唱(といっても歌ではなく会話だが)のようであった。
テレビ「時間に余裕がなくて自炊する暇がない、そんな方も多いと思いますが、今日は、そんな方々のために調理時間短めの時短簡単レシピの・・・・」
ラジオ「長引く不況を乗り切り、企業が生き残り、経済成長してゆくためのお話を今回は・・・・」
このテレビとラジオの2重唱を聴きながら、真留句は昨晩と今朝の自分のことを考えていた。
真留句『時短簡単レシピか・・・そういえば昨晩、私は夜も更けてから空腹を覚えた。しかし眠気も少し感じていた。そこで夕食を食べてから寝ようか、それとも夕食を抜いてすぐに寝てしまおうか、と迷ったのだった。
夕食を作って、食べて、そして忘れてはならない厄介ものは、調理器具、食器洗いといった後片付けである。これらをこなすと少なくとも2時間はかかる。即ち、朝に同じ時間に目を覚ますとすれば、睡眠時間が2時間は短くなる。』
そうこう真留句が思い返しているとまた、テレビとラジオである。
テレビ「トマトはビタミンCが豊富ですから・・・・、」
ラジオ「不況を乗り越えるためには企業に対する減税を続け・・・・」
真留句『私は自由人のように傍目には見えるかも知れない。だが私は1人暮らしであって、生活費を稼ぐためのアルバイトにも行き、家事もこなし、そして農作業もして、などなど、いろんなことを一人でこなさねばならず、私はけっこう時間に余裕が無いのである。
そして1日の労務を1人でこなして終える頃には夜も更けて、他の人が眠る頃にまだ夕食にありついていない、ということがけっこうある・・・・』
テレビ「トマトはビタミンCがニンジンの3倍以上もあって・・・・・」
ラジオ「企業としては隠れた需要を掘り起こすこととイノベーションが・・・・・」
真留句『だから先ほどの迷い(=寝るか、夕食をとるか)には、よく出くわすのである。そして経験上、夕食よりも睡眠を優先すべきであると思うようになった。
昨晩も食欲を振り払い睡眠を選ぶことで、今朝は心地良い朝を迎えたという訳なのだ。』
テレビ 「1日に30品目以上の素材を食べて、栄養をきちんと・・・」
ラジオ「経済成長のためには、イノベーションと規制緩和が・・・・」
真留句『私は、この選択が合理的であることの幾つか理由を次のように考えている。
- 1.現代人のかかる病は栄養不足に寄るよりは、むしろ栄養の取り過ぎで生じている場合が多いこと。
- 2.現代人は栄養不足よりは睡眠不足、睡眠負債の方が大きな問題であること。
- 3.太古の昔は、人は睡眠は容易にとることが出来ても、食料はいつでも入手できる訳では無かった。それ故、人は体質的に食料の飢えにはある程度、耐性はあるが、睡眠の飢えに対する耐性は無いのである。この3つ目の理由は1つ目、2つ目の根拠も説明している。
私の考える睡眠優先の理由は以上である。
そして私は睡眠を1つの整理整頓のように考えている。
睡眠とは人の心の身体の整理整頓であると。寝ることで、無駄なものが捨てられ(忘却や翌朝の排せつ物という形で捨てられる)、身体や心の働き、機能が整理整頓され、身体や心のエネルギーが効率良く発揮できるようになると。
そして食事とは商品の買い物にあたると。家において、買ってきた物を整理整頓、収納せずに買い続ければどうなるか・・・・・。現代の我々が大事にすべきは、食事よりも睡眠なのだ。』
真留句はそのように追想した。
テレビ「皆さん、この時短簡単レシピで毎日3度の食事を欠かさず食べて、健康な生活を送って下さい。」
ラジオ「イノベーションが求められる時代が来ているのです。」
列車の近づく音が聞こえてきた。